坂東観音霊場33か所日帰り歩き巡礼

発願、令和元年5月1日。坂東観音霊場、全行程歩程1300キロ歩き巡礼。

 

20190501

鎌倉駅スタート8:13。いよいよ全行程1300キロ歩き巡礼の第一歩を踏み出す。
子供と孫たちの幸せを祈り、連れ合いの心豊かな老後の暮らしを祈り、友人知人や皆さんの安心を祈り、歩き始めます。

1番杉本寺(杉本観音)。ひっそりと佇む秩父的なお堂。行基、源信、運慶など、日本史でなじみ深い名前のゆかりがあるお寺。
古道の山道に入るが、久木ハイランド住宅地にひょこり出てしまった。
2番岩殿寺(岩殿観音)。線路沿いに戻って踏切を渡り、古道の山道に向かう。まんだら堂やぐら群、名越切通を通って一般道に戻り、安国論寺。日本史で習った立正安国論を著した寺。
3番田代寺(田代観音)。鎌倉の市街地に入るといきなりの人混みで、かき分け進む。観光客の7割くらいは外国人かも。
4番長谷寺(長谷観音)。最悪。歩道もあふれんばかりの観光客。御朱印を頂くのに参拝昼食をはさんで2時間待ち。
極楽寺坂を上り、江ノ電と並行して海沿いに歩く。
平塚あたりを今日の目標にしていたが疲れてきたので江の島までとし、龍口寺に向かう。龍口寺は捕縛された日蓮が幽閉された寺。処刑を免れ佐渡へ流される。
江の島駅周辺も、若い観光客でいっぱい。ジジイが一人でとぼとぼと歩く姿はいかばかりのものか?
小田急江の島駅着15:10。

 

所用時間約7時間(途中、安国論寺に寄り、長谷観音で二時間ほどかかり、龍口寺にも寄っている)。ヤフー地図では、14.8キロ3時間5分。

 

坂東巡礼二回目

20190511

前回の小田急江の島駅から小田原5番勝福寺(飯泉観音)まで。

片瀬江ノ島駅9:18出発。茅ヶ崎柳島までは海岸の遊歩道を歩く。茅ヶ崎から134号線、車の通りがうっとうしい。花水川橋13:00、ここから大磯まで海岸遊歩道を歩き、大磯の住宅地に入って旧東海道をひたすら歩く。国府津駅から巡礼街道を進んで坂東5番小田原勝福寺到着16:45。

勝福寺は大変立派なお寺。秩父のひなびたお堂になじんでいるものにとっては目を見張るものがあり、立派過ぎる。

 

途中のコンビニで20-30分休んだくらいでほとんど休んでいない。

所要時間7時間27分。ヤフー地図では、31.1キロ(累計45.9キロ)6時間28分(累計9時間33分)。

 

 

坂東巡礼3回目 20190602
 前回最終飯泉までのバス便が悪いので足柄駅から飯泉まで25分ほど歩く。

9:00五番飯泉観音から七番金目観音を経て伊勢原へ。当初調べた時は検索で東海道を戻り二宮過ぎて金目に向かうコースが示されていたのでこのコースを行った。しかし、あとでヤフー地図で歩いたコースを調べると山側に曽我中井を経て金目に向かうコースがあった。こっちのほうが多少近いし往路とは違う道なのでこっちのほうが良かった。失敗。

結局前回の巡礼街道を戻り国府津二宮から東海道と別れて七番平塚金目観音(光明寺)13:15。六番厚木飯山観音に向かう西に多少間違って国道246(青山通り)をへて、六番飯山観音に向かう途中の大神宮前に到着し今日はここまで。伊勢原駅に向かい15:30着。

今回は金目観音手前で丘上の団地に迷いこんだのと、伊勢原大神宮前目標が246の板戸伊勢原を大回りしてしまった。

 

所用時間6時間30分。ヤフー地図では25.4キロ(累計71.3キロ)5時間17分(累計14時間50分)。

   

坂東札所第4回 20190629

 

 9:00小田急線伊勢原駅ー伊勢原大神宮前ー12:00六番飯山観音ー15:40八番星谷観音ー九番慈光寺に向かって途中の相模線下溝駅まで17:00

  

朝の天気予報は一日中降水量1ミリ。ちょこっと出かけて用事を済ませるくらいなら傘もいらない雨量だが、長時間歩き続けるとなるとやはり雨具が必要となる。

 

9:00伊勢原駅を出発し、前回の6番飯山観音へのコース経由地大神宮前を改めてスタートとして飯山に向かう。厚木西高横を通り過ぎてしまい、あれ変だな、と道をはずれて厚木つつじの丘公園を横切って飯山に向かうが、公園の入り口に山ヒル注意との看板があり、公園内のこんもりとした山道は避けて開けた舗装の道を歩いた。

 

この先飯山に向かうが、途中、このあたりで曲がったほうが良さそうだと直感で入った細い道(舗装道路)に馬頭観音や峠の碑があったりして、これが正解で、ひょっこりと飯山観音の参道に出た。観音経を上げた後お堂横で軽食休憩中雨がひどくなったが、30分ほどで小雨になり、座間星の谷観音に向かう。厚木国際カントリーの北側を行った方が多少近かったようだが、間違って南側を進んでしまう。またまた足が痛くなってきたので途中の薬師如来(遍照院)に足の回復を祈り、とぼとぼ歩きだすと国道246(青山通り)の厚木のカーブにでる。246の川を二回渡って、横の公園で雨具を脱ぎ、座間方向に左折し8番星の谷観音15:40。

次の9番慈光寺は埼玉の都幾川で、8番星の谷観音から、ヤフー地図によると73キロ15時間47分、実際には20時間くらいかかりそうなので、少しでも稼いでおかないと次の行程が厳しくなるためもう少しがんばる。八王子方面に向かって北上し、相模線の下溝駅着17時ちょうど。左足も痛いし、左足をかばってきた右足は靴擦れで水膨れになっている。誰もいない駅のベンチに座って靴ひもを解いて足の運動。無人駅の外にはビール自販機はない。

所用時間8時間(休憩含む)、グーグル地図では27キロ(累計98.3キロ)5時間48分(累計20時間38分)。

  

<地図のこと>

 

毎回ヤフー地図をプリントアウトして持って行くが、細かい地図だと一日行程分で何十枚にもなってしまうので、ある程度道がわかるくらいに拡大した地図5-6枚にしている。スマホの山マップの地図は逆に細かすぎて畦道や路地裏までナビされてしまい、プリントアウトしたヤフー地図との整合性が無くなってしまうので、山マップとヤフー地図と見比べながらなので時間がかかってしまう。遠回りをしてしまうこともあり、ああ、余計歩いちゃった、とがっかりするが、歩くことが目的なのだから本当は喜んでいいはずだ。が、やっぱり近いほうがいい。方向を推定して直観で入った細い道(舗装道路)に馬頭観音や峠の石があったりして、これが昔からの道ではないかと思われることもしばしばであるが、昔の人は現代のような地図もなかっただろうから、あちこちで迷ったり山賊にあったりしたのだろうと思う。昔の人は大変だったろうな。

 

<足の痛みのこと>

 

一回目の途中から左足が痛くなっていた。中足骨骨頭痛か?歩き方が悪いのか、左足で蹴って歩いているのかもしれない。毎回、2-3時間ほど歩くと左足前足部に痛みが出てくる。それをかばって右足中心に歩くと多少慣れてくる。整形外科でレントゲンを撮ったがヒビや骨折はないらしい。が、毎回のことなので、いいウォーキングシューズを買わないといけないかな?

 

坂東札所第5回目 20190803

 

相模線下溝駅9:15-八王子駅14:00

これまで神奈川県内を歩いてきたが、東京都に入る。

足の痛みを回復させるため1ヶ月あけた。

前回最終地点の下溝駅を9:15出発。猛暑予報が出ているので健康保険証をもって出る。今回は9番慈光寺に向かってただひたすら北に向かうので、終始後頭部に熱射を浴びながら歩くことになる。バンダナをかぶって帽子を着用。八王子道129号線からバイパスの16号線に入る。車が多く、猛暑の中、排気や車の熱で非常に暑い。橋本の先で東京都に入る。体を冷やすために途中農協の直売所に入って涼みながらお店の人に道を確認すると、この先に旧道の16号があるというのでバイパスを避けて旧道に入る。2時間ほどするとやはり足が痛くなってきた。「ゆ」と書かれた一間四方の看板が立っている。もうやめて風呂に入ってビールでも飲もうかと誘惑にかられるが、頑張ってみることにする。3時間くらいには足がつってきて道端で休む。4時間くらいにはとにかく暑くて犬が舌を出してハーハーという感じになってきて、吐く息が熱くて深部体温が高くなっているのか熱中症の症状なのか?通りかかったラーメン屋に入ってノンアルコールビールを飲む。エアコンが効いている店の中でもなかなか汗が引かない。3000メートル級の山の稜線ならあっという間に汗が引く冷気が懐かしい。

足は時々痛みが出てくるが何とか歩けそう拝島まで行く予定だったが八王子14:00着。今日はここまでとする。

所用時間4時間45分(休憩含む)、グーグル地図では18キロ(累計116.3キロ3時間49分(累計24時間27分)。

 

坂東札所第6回目 20190804

八王子11:23ー八高線金子駅17:00。 

前日拝島目標だったが八王子でリタイアだったので、思い立って昨日の続きを歩くことにする。足の痛みの状態も確かめたい。朝ゆっくりと出たので八王子11時23分出発。目標は八高線金子駅。足の調子は良く、16号線をひたすら北上する。今日も猛暑。拝島を過ぎて、米軍横田基地にさしかかる。鉄条網の塀が延々と続く。とにかく暑い。今日もラーメン屋に入ってノンアルコールビールを飲む。16号線は川越に向かっているので途中左折して飯能方面に向かい東京都から埼玉県に入る。八高線金子駅着17:00。猛暑の中ただひたすら歩く。足の調子は良く、これからも歩けそう。

次回は9番慈光寺まで行けるかも?

所用時間5時間37分(休憩含む)、グーグル地図では19.9キロ(累計136.2キロ)4時間17分(累計28時間44分)。

 

坂東札所第7回目 20190810

 

八高線金子駅10:50出発ー越生駅16:10

前回最終地の金子駅を10:50出発。今日も猛暑。ひたすら9番慈光寺に向かって北上する。くそ暑い。観音経を唱えながら、これも行だと思って、自分がこの暑さに耐えれば家族が幸せになれると祈りながら、北側に落ちる自分の影を目標に歩く。慣れてきたのか足の痛みはそれほどなく、足の調子はまあまあだがとにかく暑く、14時にエアコンで体を冷ますためにコンビニに入ってポカリを買いイートインで小休止、15時に峠のソバ屋でノンアルを飲み小休止。飯能の市街地を避けて通り、日高、毛呂を経て、9番慈光寺の最寄り駅の明覚まで行きたかったが、ヘロヘロ状態となって越生まで。越生駅16:10。

次回は9番慈光寺、10番正法寺(岩殿観音)まで行けそう。

所用時間5時間20分(休憩含む)、グーグル地図で20キロ(累計156.2キロ)4時間18分(累計33時間2分)。

 

坂東札所第8回目 20190812

八高線(東武越生線)越生11:38-田中ー9番慈光寺ー田中ー八高線明覚駅16:34

前回最終地越生駅出発11:38。今日も朝ゆっくり出てきたので越生に11:30についてトイレを済まして出発。トイレは間違って女性用に入ってしまった。男性側の小便器に並ぶように個室があったので入り込んでしまった。駅西側の県道30号線を北上する。うす曇りだったが時々日が差してやはり暑くシャツはすぐにぐっしょり。13時過ぎ、交差点田中を左折していよいよ9番に向かう。都幾川沿いに、日帰り湯や川遊びの歓声が聞こえるキャンプ場を横目に見ながら、昼食休憩場所を探しながら歩く。途中テント1張り分の河原で家族連れが遊んでいたのでその横に座り込んで太巻き2貫を放り込んでお茶を飲む。水浴びがしたいが家族連れに割り込まないように遠慮して、何日ぶりかの札所に急ぐ。15時前に慈光寺入り口。今もやっているのかわからないが、外秩父夜間レースの出発点がこのあたりだったのでは?登り坂に入り、舗装道路を串刺しするように山道をたどる。鎌倉の山道以外平地歩きが続いていたので久々の登りが苦しい。本当に登りがきつくなっている。15:15境内に到着するが観音堂は境内の最上部、まだ上。ほんの5分ほどの登りを何回も休みながら登った。ふ⤵南無観世音大御菩薩。観音経を唱え、カミさんの老後の安心と子供たち孫たちの幸せな暮らしを祈る。友人知人と皆さんの幸せも祈る。横軸に御朱印を頂いた。暑いですねと声をかけてくれたのは若住職だろうか?ありがとうございます。登りはからっきしダメになってしまっているが、下りは結構いけるつもり。山を下り、ひたすら東へ明覚駅まで。途中コンビニのイートインで涼みながらスポーツドリンクと焼き鳥を頂く。明覚駅16:34。この先10番は無理、次回とする。

所用時間5時間4分(休憩含む)、グーグル地図で19.2キロ(累計175.4キロ)4時間16分(累計37時間18分)。

 

 坂東札所第9回目 20190908

明覚駅07:50-地球観測センター-10番岩殿観音(正法寺)10:00-東武東上線高坂駅ー11番吉見観音(安楽寺)13:20-407号線胄山14:50

台風予想の中、雨風覚悟で6時頃家を出る。千日回峰の行者さんはたぶん台風だろうと雪だろうと氷だろうと毎日欠かさず山々をめぐるのだろう。

明覚駅はログハウス風の好ましい駅で、快調にスタート。地球観測センターの裏山のハイキングコースを通って10番岩殿観音。このあと晴れたり曇ったりだが猛烈に暑くなり、途中のコンビニでノンアルコールビールを買いイートインで休ませてもらう。左足の裏が痛いので一時靴も脱ぐ。高坂駅を渡って東口を北上する。東松山駅入り口から吉見へ向かう。吉見百穴を見ながら吉見観音に向かうがゆるい上り坂が続いて結構きつい。だいぶ疲れてきている。ゆっくりゆっくりだがしんどい。11番吉見観音で、汗びっしょりで歩いて回っていることを話すと、凍ったペットボトルを出してくれた。溶けた水を少しづつ飲むが生き帰った心地がする。番号順であればこのあとは12番岩槻13番東京浅草14番横浜だが、この三ケ寺は最後に房総から東京湾を渡って巡拝する予定。大山参りで房総からは東京湾を渡るコースがあったというのでそれにならう計画である。15番高崎白岩観音に向かうべく北上し、407号線の胄山までとする。折よくバスの時刻で東松山駅へ。次回は胄山から407号線をただひたすら歩くことになるがどこまで行けるか?

 

 所用時間7時間00分(休憩含む)、ヤフー地図で25キロ(累計200.4キロ)5時間13分(累計42時間31分)

 

坂東札所第10回目 20190921

407号線胄山9:50-上熊谷駅11:37-中仙道神保原17:30

前回最終地点の胄山までバスで行き、あらためて15番高崎白岩観音に向けてスタート。

気温は何度だろうか?今までの猛暑と比べると、暑くなく寒くなく少しひんやりとして気持ちよい。407号線を高崎白岩観音に向かうが、一般的な舗装道路だが車の量も多くなく田畑や雑木林の間の道を快適に歩く。上熊谷駅の横の線路をまたいで17号線中仙道に入る。車の量が俄然増えて鬱陶しい。地図で旧道を探すがわからず、深谷でやっと旧中山道に入る。深谷宿には、文化財になっていそうな和洋折衷の立派な屋敷や古い造り酒屋なども街道筋に残っているが、現代の建売住宅も点々と並んでいたり完全洋風建築の家もドンとましまして外車もとまっている。土蔵作りや白壁の蔵が栄えていた往時をしのばせるが、なんとなく痛々し気な風情にも見える。

また中仙道に戻り、ただひたすら高崎方面に歩く。道路枠の建物が途切れると左右に山並みが見えはじめ、本庄あたりから右の田んぼの向こうに赤城山がそびえている。家々の明かりがともり始め、時計を見ると17:00、日暮れが早くなった。暗くなってもいいから進もうと、たそがれの中仙道神保原着17:30(神保原駅17:36)。

 

所用時間7時間40分(休憩含む)、ヤフー地図で34.1キロ(累計234.5キロ)7時間60分(累計50時間31分)

 

坂東札所第11回目 20191005

中山道神保原9:05ー高崎「あら町」13:05(高崎駅13:10)

今日は夜に用事があるので夕方までに帰京しなければならないので、あまり歩けないが少しでも稼いでおこうと早く起きて出るつもりだったが少し寝坊した。神保原駅9:05出発。今回はスマホ標準搭載のグーグルマップを使ってみようとセッティングしたが、神保原駅を出るといきなり行き止まりとなってしまい、田んぼの真ん中に出たりと、何だこりゃ!ま、周囲の山並みも見える田園風景なのでよしとする。17号中山道に出て15番高崎白岩観音に向かう。街道筋はやはり車の往来が多く、旧中山道の標識に従って自衛隊の先を右に入る。道路は広いが車の通りはほとんどないので車の鬱陶しさがなく歩きやすい。明治天皇行幸の家の横のトイレを借りる。このあたりは新町というらしいが、行幸の家などがあるくらいだからもともと宿場町であろうが 名残はほとんどない。烏川の橋のたもとから17号に合流する。新柳瀬橋からは、関東平野の西から北の山々が見渡せる。左に妙義のゴツゴツ、榛名、浅間ときて、谷川がかすみ、右目の前に赤城山、右奥遠くに日光連山。え!あそこまで行くの?まずは15番高崎白岩観音、次に伊香保の手前の16番水沢観音があのあたり、17番の出流観音が赤城の右のあのあたり、その次は日光連山の上部中禅寺の18番立木観音。日光まで何回かかるだろうか?

この後、新柳瀬橋北を左折して県道121号線に入る。この県道がまた旧中山道の様だ。倉賀野宿を歩く。ところどころに昔ながらの大きな商家などもあって宿場の往時をしのばせる旧街道である。途中の安楽寺で昼食を取らせてもらう。水道は出なかった。国定忠治の代貸の○○と縁のあるお寺らしい。そのまま進み高崎の市街地に入り13:05あら町着。高崎駅まで5分ほど、今日はここまでで東京に帰る。

所用時間4時間(休憩含む)、ヤフー地図で16キロ(累計250.5キロ)3時間20分(53時間51分)

 

20191015

10月12日、台風19号が直撃。静岡から関東東北にかけて大きな被害。

坂東札所歩きで、神奈川県埼玉県の川をいくつも渡ってきた。それらの川が氾濫してたくさんの方に被害が発生しているという。観音経を唱えながらみなさんの幸せを祈りながら、クソ暑い時にもふらふらよたよたしながら歩いているのに、弁当を食べた河原や休憩をした土手の川が氾濫しているという。

お見舞い申し上げます。

 

坂東札所第12回目 20191022

高崎あら町10:40-15番白岩観音14:00(昼食)-箕郷町「連雀町」14:55

今日は「何とかの礼」でカレンダー上では休日とか。昨晩から雨だが、埼玉栃木の台風被害状況も気になるので、途中で人手が必要なお宅でもあれば手伝うこととするが、とりあえず15番白岩観音を目指す。ボランティア保険はこの3月で切れているけどひとまず我が家を7:30出発。高崎駅10:14着。電車の連絡がうまくいかずに遅くなってしまった。高崎線の沿線は、これまで歩いてきた道中なのでなじみがあるが、渡る川の周辺には大きな被害はなさそう。途中ではどうか?

雨の中、あら町を10:40出発。東京は10月に入ってから戒厳令下にあり、長崎県ナンバーの機動隊のバスも走っていたりするが、この高崎でも、駅では警官の姿が目立ち、歩いていても時々パトカーとすれ違う。雨の中歩いていると不審者と思われるかもしれないので、胸を張って歩く。県道28号を北上して浜川町を過ぎたあたりから雨がやんできた。周辺の田んぼは台風の強風のためか稲が一定方向になぎ倒されている。それ以外に外見では被害はないようにも見えるが、特に復旧作業をしている人は見かけないのでそのまま15番に向かって進む。15番は多少高いところに位置するようで、緩い上り坂を上りはじめる。車道だが、歩道がないのですれ違う車が大きくよけてくれたり対向車に止まったりしてくれる。15番白岩観音14:00到着。ここはお寺の中でも珍しく奈良吉野の金峯山寺系の札所だ。役行者がまつってある。私の勝手なイメージでは、金峯山寺というと修験道の厳しい修行をしている宗派、と思っているので、ここにお参りできるのは楽しみの一つであった。観音堂が貴重な建物らしく、記録を残しておきたいとお堂の内外を測量している方がいらっした。雨上がりのベンチで弁当を食べさせてもらって14:30、16番水沢観音へのルートに入るため多少戻る。来る時には気が付かなかったが、帰りは、榛名山を背負いながら、下の町並みの向こうに、右に妙義浅間、左側には赤城が連なっていることだろう。いずれも雲で見えない。帰京の時間もあるので、今回は途中までとして、水沢方面の途中の連雀町までとする。14:55着。バス停連雀町から高崎行きのバスは1時間に一本で15:30発。

 

所用時間4時間15分(休憩含む)、ヤフー地図で16.3キロ(累計266.8キロ)3時間24分(累計57時間15分)

 

 

坂東札所第13回目 20191116 

イオンモール高崎10:00箕郷(連雀)11:30水沢観音14:00群馬総社17:00
高崎で前回最終地点の箕郷(連雀)に行くバスを逃す。急遽イオンモール行きに乗
るが失敗。一時間半余計に歩いて箕郷(連雀)、あらためて本日のコーススタート。
水沢観音までは車道の緩い登りが続く。右に正面に赤城を眺めながらの登りで、途
中道路脇の自販機スペースで軽く昼飯。自衛隊演習場、榛東村役場を左折し、道路
周辺の紅葉の中を歩く。途中、タイのお寺があった。水沢観音が近くなるとうどん
通りとなり観光客観光バス多い。16番水沢観音1400着。境内も観光客多数で観音経
をあげるのが恥ずかしい。御朱印を頂いて早々に下山。17番出流観音に向かって水
沢街道(県道15号線)をひたすら下りる。今日はワークマンの靴を試しに履いてき
た。つま先が緩いので良いかと思ったが、下り一方なので逆につま先が痛む。妙義
方面が茜色に染まっている。夕焼けは明日の一日の希望だ。朝は快晴だったが夕方
には雲も出てきて4時過ぎると薄暗くなってきた。暮れるのが早くなっている。ポツ
リポツリとくるが雨具を着るほどではない。横を通りすぎる車もライトを付け始め
ており、こちらも懐中電灯をぶら下げる。気が付いたら外灯がなく、車のライトに
驚かされる。外灯があるのは都市部だけなのかもしれない。とっぷり暮れて今日は
群馬総社まで17:00。

所用時間7時間、ヤフー地図で28.4キロ(累計295.2キロ)5時間56分(累計63時間11
分)※いずれも、バスを逃して余計に歩いた1時間半含む。

<生体検査>
20191203生体検査(お医者さんの厳しめのコメント付き)

坂東札所14回目 20191208

群馬総社10:45伊勢崎15:50

朝7時前に家を出て群馬総社10:30頃着。お金がもったいないので新幹線は使わずに
来るが、このあたりまで来ると行き帰りに時間がかかる。
10:45群馬総社出発。当面の目標「群馬大学前」に向かって歩き始める。17号を東京
方面に入って前橋市内を通り県道50号線。ふたたび17号(上武道路)に入って、方
向としては17番出流観音に向けて桐生岩宿を目指すが、数日前の生体検査の際、検
査のお医者さんの厳し目のコメントが付いていたので癌は間違いないだろう。心が
萎えている。左に赤城山を見ながら、そうか、この風が赤城おろしなんだと、吹き
っさらしの国道を冷たい赤城おろしを受けながら枯れ葉が舞う中を歩く。桐生岩宿
の手前に国定という駅がある。「赤城の山も今宵限り」の国定忠治のふるさと国定
村と思われる。当初の目標は岩宿あたりだが、国定までとするかさらに手前の伊勢
崎にするか迷いながら歩く。トボトボとわびしい。この札所歩きはもうやめよう。
こんなことして観音経を唱えても癌になる人は癌になる。カミさんが一緒に歩いて
くれるなら続けたいが全く期待できない。せめて車でならともに行動してくれるな
ら、歩くのはやめて車で回ろうか?民宿でも泊まって土地土地の名物料理でも頂き
ながら・・・車だと一日何か所回れて何回くらいかかるだろうか?札所間の単純平
均距離は約40キロ。この後の行程を車にすると数回で回ってしまいそう。そんなこ
と考えながらすでに逃げに入っている自分がいる。道路標識で伊勢崎の名前が出て
くる。時刻はまだ早いので(時計の電池が切れてしまい、ナビをつけっぱなしなの
で予備のバッテリーをつないだがスマホもバッテリー切れで時刻がわからない)岩
宿なら18時ころには着けそうだが、真っ暗になるとすれ違うトラックが怖い。懐中
電灯は持っていても向うが気が付いてくれなければ擦られてお陀仏。伊勢崎までと
して上部道路を右折。伊勢崎着15:50。
伊勢崎は、JRと東武が入っている。東京に帰るには、JRも高崎線経由、宇都宮線経
由があり、東武利用経由もあり、どのルートが早くて安いのかわからない。とりあ
えず高崎方面に乗る。ワンカップが欲しいところだが、トイレの心配があるので困
ったものだ。

所用時間5時間5分、ヤフー地図で20.5キロ(累計315.8キロ)4時間16分(累計67時
間27分)※伊勢崎近くになってから道標が不確かで多少遠回りになっている。

<癌宣告>
20191209結果、コメント通りの癌宣告(4回目)
この後、ヤケ酒階段落ち二回。歩き巡礼も修行になっていない。
20200108、治療スケジュール確定、入院3月12日手術3月13日、この後順調なら1週
間から10日、術後の状態が良くないと2週間くらいで退院か?。1月11-13に伊勢崎
から先を歩きたいが、階段落ちの体がまだ痛い。たぶん骨折している模様。大丈夫
そうか?無理しないほうが良いのか?

坂東札所15回目 20200113
伊勢崎駅0945足利市駅1515
階段落ちの痛みは多少残っているが何とか歩けそうなので天気もお良いので出かけ
ることにする。
0945伊勢崎出発。今日はどこまで行けるか足利市あたりまでか?早く暮れるのでヘ
ッドランプとザック用の100均LEDライトを用意。県道39号線を進み、前回の上武道
路を横切り東へ向かう。次第に赤城山から連なる山波が遠くなる。前回の群馬総社
から伊勢崎までは赤城山から日光方面の山々が連なっていて、あれを登り返すのか
とうんざりしたものだが、これから山地へ向かって17番出流観音から日光中禅寺湖
18番立木観音へ登るはずなのにどうして山が遠くなるのか?
途中東武桐生線と北関東道を横切りながらひたすら東へ。群馬県太田市から栃木県
足利市に入ると、県境でピタリと道路が狭くなり歩道がなくなる。車が怖い。道路
の端々を民家の塀に寄りかかりながらあるいは田んぼに落ちないように気をつけな
がら歩く。夜だったら危ない道路だ。渡良瀬川で39号線と別れて土手を歩き、15:
15足利市駅。まだ歩けそうだが、ここから進んだあとの帰路を調べていない。先に
進むなら暮れるまで歩いて一泊して明日さらに進みたいが明日は仕事なので今日は
ここまで。
東京から北関東を歩くにはJRで往復5000円近くかかる。一泊して2~3日行程で歩い
たほうが費用的には割安になりそう。今日は新宿から高速バス。安い。泊りがけの
札所歩きは夢でもある。のんびり一日歩いて安宿に泊まって、近くの居酒屋で土地
の名物をつまみながら一杯頂き、その店の常連さんに話など聞きたいものだ。
今日は自分の誕生日、観音経をぶつぶつ言いながら歩いた。体調は悪くなく気持ち
よく歩けた。早起きして出て来てよかった。次は17番出流観音まで行けるか?
所用時間5時間30分、ヤフー地図で24.8キロ(累計340.6キロ)5時間10分(累計72時
間37分)

 

坂東札所16回目 20200208

足利市駅0950葛生駅1450

 大失敗!用意しておいた地図を忘れた。足利市駅でうろうろして、スマホの山っぷでルートをはじき出す。渡良瀬川を渡って足利市内をジグザグに歩き293号に出る。市内は足利尊氏ゆかりの旧跡や足利学校などがあり、いい町だ。ゆっくり回りたいところだがせっかちかセコイのか先を急ぐ。

山あいに入ってトンネルをくぐり、再びひらけた田園地帯を進む。出流原に入ると左手の山の中腹に、清水の舞台のようなお堂が見える。近くまで行けば何か案内看板があるかと思いながら進むが特になく通り過ぎる。

変わらぬ田園風景の中の国道をただ歩く。坂東札所のお経本で「念彼観音力」の繰り返しを確認しながら観音経を声を出して唱えながら歩く。すれ違う人はいない。いつのまにかまた山あいに入ってくるとダンプが横を通り過ぎてほこりっぽい。道路の両側に砂利の置き場がでてきて、周辺の山々は採石場になっているようだ。この辺りは鹿沼土でも採っているのかな?と思ったら左に石灰工場、前方には削り取られて頂上部が平らになってしまった山が見える。秩父の武甲山はまだましなほうだ。葛生駅の分岐を過ぎて出流観音まであと二時間。このまま進むと出流観音到着は四時半くらいになるが、帰りの足があるだろうか?通りかかりの社会福祉協議会(土曜なのに職員がいた)で帰りの足を尋ねたが、地元の人が予約して使うバスしかないとのことで乗れなさそう。このあたりは昨年の台風で被害の大きかった地域だ。被害の様子なども聞く。

今日はここまでとして、葛生駅に戻る道に入って町の中を歩くと、意外と大きな町だ。採石が一大産業となって成り立っている町のようだ。昔は荒くれ男たちが闊歩していたのかもしれない。

今日出流観音近くで一泊できれば次が有効に歩けるのだが。次回は葛生駅からスタートすることになり、やっと17番出流観音にたどり着く。昼過ぎに着きそうだがその先18番立木観音へのルートはどうしようか?足尾経由か、日光修験の行者道をたどるか、東武日光線に沿ったルートをとるか?。

 足の痛みはなく快調だった。靴はワークマンの靴で中敷きが効いているのかもしれない。

所用時間5時間00分(葛生駅に戻った時間が20分ほど余分にかかっている
)。ヤフー地図で22キロ(累計362.6キロ)4時間35(累計77時間12分)

坂東札所17回目20200315

東武葛生駅90017番出流観音1125ー口粟野車庫1420

昨日は東京でも雪が降ったので、山あいは凍っているかもしれないため軽アイゼンをもって家を出る。葛生駅を900出発。山あいの奥まった地域だが大きな町だ。表通りには昔ながらの大店もお大尽の屋敷も並んでいるが、この町のどこかに鉱夫達が怪気炎を上げた有楽街もあるのだろう。かつての栄華が偲ばれる町だが、ご多分にもれず人影がない。そんな街中を北上して家々が途切れてくると、前方に山波が見えるが稜線は雪が残っていそう。右「出流山」の標識があり、右の山道(舗装二車線)を登り始める。左側に採石工場が並んでいて、さらに進んで下りにかかると眼前の山全体が採掘場と化し、そのふもとに下る。雪はなかった。突き当たりT字路左が出流山。道路脇の川は出流川だろうか。このあたりも、昨年の台風被害が大きかったようだ。土砂崩れの工事現場もある。突然そばやが立ち並んでいる。満員の店もガラガラの店もある。出流観音着1125。観音堂に上がって観音経を唱え、息子が4月に独立開業するというので、その成功を祈り、いつものように家族一人一人の幸福を祈る。観音堂の奥は台風被害で立ち入りが制限されているようだ。軸に御朱印を頂くあいだ、上がってお待ちくださいと言っていただいたので、昼食を取らせて頂く。食道と胃の上部を手術で取っているので、店などで一人前が食べきれないため、いつも自分に適量の小分け弁当を作ってもって歩いている。「出流ふれあいの森」の入り口で右の林道(舗装)に入り、九十九折を登る。地図ではすごい山道だが、さほどでもなく峠に達した。佐野市と鹿沼市の堺らしい。所々土砂崩れのあとがあり、上から覗き込むとすっぱり切れ落ちていて怖い。早々に下り、県道199号を突き抜けて県道32号に入る。大越路トンネルは一キロ近い長いトンネルで、突然後ろから戦車のような爆音にギョッとさせられるが、バイクはたった一台でしかも前から走ってきて、さらに驚かされる。トンネルの中を轟音が縦横無人に鳴り響く。怖い。街灯程度の明かりはついているが念のため懐中電灯を点ける。トンネルを抜けると15号線、足尾と鹿沼の分岐のT字路に出る。

17番出流観音から18番立木観音への道だが、足尾経由と鹿沼方面日光市内経由があるが、そのあいだに、今でも修験道の行者さんが歩いている登山道ルートがある。せっかくなので行者道を行こうかと思っているのでこのT字路を右折、1330。口粟野に向かい、次回のためには少しでも18番立木観音(中禅寺)への道の奥まで入りたいところだが、奥まで入ると帰りのバス便が無さそう。口粟野のバス便も、このペースなら早目のバスに乗れるかもしれない。間に合わないとバスは夕方遅くまで何時間も待たなければならないので早めのバスに乗るために先を急ぐ。1420口粟野車庫に到着し1425の新鹿沼行バスに乗れた。東武樅山駅1450

次回は口粟野車庫から古峰神社まで行けるか?

所用時間5時間20分。ヤフー地図で22.2キロ(累計384.8キロ)4時間37分(累計81時間49分)

 

20200407コロナウィルス緊急事態宣言発出

人間はひとりで生きているわけじゃない。駅でも町でもトイレでも昼食時の公園でもどこでも誰かと接するしお世話になる。自分も感染しているかもしれないので、そういう皆さんにうつしてはならない。一人一人の行動が感染拡大につながるんだから、やっぱり外出は控えよう。次回はいつ行けるのか?

20200506 1か月経過

休業要請に応えないパチンコ屋さん、その店に行くお客さん、県外ナンバーも多く駐車場はいっぱいで、「俺は大丈夫」「自分はかかっていない」。多摩川の河原で50人くらいがバーベキュー、そのリーダーは「コロナで友達が12人死んでいる。」とウソをつきガス抜きだと言う。症状が出ているのに高速バスで帰省して、帰省先の地元でバーベキューして人に移して、陽性と判明しているのに高速バスで帰京した女の子。そういえば、休校をいいことにスペイン旅行をして成田の検疫で引っかかって待機要請されたのに沖縄に帰ってしまった女の子もいた。大学側が卒業旅行等自粛を打ち出していたのに旅行して感染したりばら撒いたりした学生達もいた。山岳団体も登山の自粛を要請している。山歩きなんかは人に感染させる危険性は低いような気もするが、駅でもコンビニでもトイレでもサービスエリアでもどこかで人と接するどこかに触っているし、上記のように、一人一人が身勝手な動きをすると社会的感染リスクが高まるということだ。札所歩きももう少し自重しないといけない。 

 

 20200518 コロナの思いやり

 

マスクは感染予防にはあまり効果が期待できない、一方で、人にうつさない効果は期待できる、と当初から言われてきた。ならば、相対するお互いがマスクをすれば感染予防効果が高まるのだから、全員がマスクをすれば拡大を抑える効果があるわけだ。人にうつさない人を傷つけないという思いやり(利他)が、拡大させずに自分の予防にもなる(自利)。マスクは思いやりの象徴だ。そして、いまやマスクは習慣のない国々もするようになって世界標準になっている。

  

にもかかわらず、自分は感染しないから大丈夫だマスクなんかいらない。自分は感染していない、と、PCR検査が行き届かずに症状がないために自覚していない元気いっぱいの感染者があふれている。二次感染三次感染の感染源が元気いっぱいに動き回っている。

 

人にうつして拡散していながら、自分は大丈夫だからマスクなんかしない、自粛なんか必要ない、好きなように動く、という我利と、人にうつさないという利他自利と、どちらの生き方をするか、感染拡大を防ぐためにはどちらが必要かは自明の理だ。

 

 

坂東札所18回目20200627

 

口粟野車庫12:38ー新鹿沼駅16:54。 だいぶロスしている。

3月の前回以後コロナ自粛で札所も出かけなかったが、「経済再開」の波には抗しきれずに非常事態宣言も東京アラームも腰砕け解除となり、一斉に出歩くようになっている。しかし、東京は一日感染者数一桁から数十人、50人と右肩上がりに増加しており、グラフ的にはニューヨークの爆発前夜という感じであるから、東京からコロナを持って行ってはまずいだろうなと、行こうかどうしようか迷っていた。お上的には一応移動自粛も解除とはなっており、歩いていて人とすれ違うことも無いので、電車や駅でコロナウィルスを落とさないように人にうつさない様に自分もうつらない様に充分に注意しながら行ってみることにする。

日光の手前地域が今回歩く一帯なので東京杉並からだと電車やバスのアプローチが悪い。いっそ車の前夜発で近隣の道の駅で車中泊にすれば朝余裕をもって出発できるかと思ったが、コロナ真っ盛りの東京ナンバーの車が道の駅の駐車場で寝ていたりするとこれもまずいかな?とも思い、電車で行くことにする。朝34時起きも辛いので、普通に起きて、行く気があれば行くということにする。次の18番立木観音(中禅寺)へのルートだが、足尾経由、古峰神社行者道経由、が考えられるが、交通機関や宿泊を考えて、無難な東武日光線ルート日光市経由とした。

8時半ころ家を出る。あちこち乗り継いで乗り間違って戻ったりしながら東武樅山駅11:51。おにぎり一個食べて12:14のバスを待つが遅れて来た。

前回最終地点の口粟野車庫までバスで戻って12:38出発。粟野の街に入って県道246を左折。今市駅目標の地図は持ってきているが、この時間に出発なので途中の下小代駅あたりまで行ければよいかと進む。ゴルフ場入り口前を通って、右の採石場を見ながら歩く。このあたりは本当に砕石の山や鉱山が多い。この50年山歩きもしてきたがこうした一帯は初めてだ。ほかの地域もこうなのだろうか?道路はダンプが行き交い歩き旅には怖い。御幣岩橋を渡ってから左だったが、橋の手前を左に入ってしまった。これが間違いの始まりだった。そのまま川沿いに北上する。右側少し遠くに岩山が見える。また橋に出たので右折して橋を渡る(後で調べるとこれが古峰ヶ原街道(県道14号線)だった)。渡った先の信号で、山っぷで下小代駅を検索するが電波が調子悪い。左に入れば今市方面に進むはずだったが、気にはなったが曲がらずに間違ったかな?と思いつつとりあえず直進する。先ほど見えた岩山がすぐ左に出てきた。採石場らしい。先ほどの御幣岩橋を渡った先を左折すれば古峰ヶ原街道に入ってこの岩山を右に見て北東方向に行かなければならなかったのだ。山っぷの感度が悪く南に下ってしまい迷子状態。道端に公式の標識ではなさそうな「新鹿沼4.7キロ」の案内が出てきて、下小代ではなく新鹿沼方面に進んでいるらしい。とりあえず北東を目指したいが、どんより雲りで太陽も方角もわからない。要所々々の交差点で山っぷを検索するだまったく使い物にならない。東武日光線方面のつもりで歩く。やがて、「鹿沼市街」の標識が出てきて進むと町に入り、途中

自転車の女子高校生に新鹿沼駅を尋ねて新鹿沼駅16:54到着(しまった!マスクをせずに声かけてしまった、すみません)。ダイヤを見ると16:57発がありあわてて改札を通って跨線橋の階段をやっとこさ登る。と駅のアナウンスでホームが違うことがわかりあわてて跨線橋を渡り直す。なんと、上りホームと下りホームを間違っていて、鹿沼市街に入ってはいたが新鹿沼駅はすでに通り過ぎていて、だいぶ戻り気味に駅の反対口に着いたため電車の方角が反対だった。今回は最後まで迷子状態だった。結局東武日光線の駅の数で一つしか進んでいない。

所用時間4時間16分。ヤフー地図で17.2キロ(累計402.0キロ)3時間35分(累計85時間24分)。道を間違わなければ新鹿沼まで13.2キロ2時間45分。

 

  

20200710

緊急事態宣言解除東京アラート腰砕け後、予想通り東京の感染者数がじわじわと増加し始め、6月下旬は毎日50人台、7月初旬は毎日100人台、7月中旬についに200人台に突入!。それにもかかわらずイベント自粛解除。他県からは、東京からは来ないでくれとの発言が大ぴらに出てきている。ネットのあるアンケートでは、緊急事態宣言再発出すべきが80%。明日出かけるかどうしようか迷っていたが、加害者になってはいけないのでやっぱりやめよう。前回も行くべきではなかった。

 

 

20200713

NHKのアンケートで、経済活動優先より感染拡大抑制が67%(NHKニュース)。

経済活動を進めれば当然人の移動も三密も増加して感染拡大につながり、感染者も重篤者も死者も増える。口では経済活動と拡大抑制の両立と言いながら、結局は差別政策棄民政策だ。

 

 

20200802 江戸観音霊場33か所はどうだろうか?

不要不急の外出自粛、都外移動自粛のようで、坂東はしばらくお休みにしたほうが良さそう。

先週、杉並の家から浅草寺まで歩いたので、ついでに、浅草寺が一番の江戸観音霊場33か所を歩いてみようかと思った。

坂東札所歩きはいったん中断。コロナが収まるのを待つことにする。

「江戸観音霊場33か所日帰り巡礼」へ

 

 

坂東札所19回目20201004

 

新鹿沼0930ーあさう町0945ー県道164ー県道70ー日光街道(国道119)ー東武日光1630

 

多分小池都知事は都外移動自粛の解除宣言はしていないはずだ。東京都に問い合わせのメールを入れたが返信はないが、GOTOキャンペーンで東京がOKになり、関東の知事同士がOKの共同宣言を出しているので他県移動も良いと解釈しなさい、ということなのだろう。紅葉の日光に合わせたいのと、中禅寺の立木観音の入試お守りを孫のタツキに買ってきたいので、坂東再開する。

新鹿沼駅を出て例幣使街道を歩きながら「まちの駅」に寄る。前夜に車で来て車中泊しようかと思っていた駐車場だが、9時半過ぎのこの時間でもう地元ナンバーの車でいっぱいだ。朝早く起きるのが辛かったが電車にしてよかったと思いながら、麻苧(あさう)町交差点へ。ここは前回女子高生に新鹿沼駅への道を尋ねた場所で前回最終地点に当たり、ここを出発する。今日は、東武日光線を弓にして右に見て、左北北西の弦を目標に歩く予定なので地図が無くても大丈夫だろうと持ってきていない。この麻苧町交差点から山ップの徒歩ナビを使うが、徒歩ナビは細めの道まで入り込んでしまい、鹿沼の住宅街を右に行ったり左に行ったりとせわしなく、ナビに頼ってしまうと逆に方向感覚が無くなってしまう。車ナビに変えて少し広めの道路を進むことにする。東武日光線を横切ってしまうが車ナビに従う。〇〇ガ丘とも呼びそうな高台の新興住宅街を登り、やがて下ってしばらく行くと県道らしき道路に出たのでその道を左折してすすむ。左に東武日光線を見ながら、観音経を唱えながらただ歩く。今のところ足は快調。道路脇や住宅の庭先にコスモスがあちこちに咲いている。我が家の日陰のわずかな庭にも植えてみよう。春は菜の花かタンポポ、夏は?、秋はコスモス。咲くだろうか?もし咲いたら、私の葬儀の時に棺桶の上に数輪置いてくれればよい。祭壇は要らない。いいプランだと我ながら気に入って歩く。やっと県道164の標識があった。さらに進むと稲刈りの終わった田んぼと刈り取り前の田んぼに挟まれてそば畑が目立ってくる。あちこちソバの花が満開だ。この辺りはそばの名産地なのだろうか?途中で人だかりができていて、車だかりバイクだかりにもなっていて駐車場もいっぱい。何事かと思ったら食堂程度の小さ目なお蕎麦屋さんだった。うまいのだろうか?ソバ畑では黒い実もちらほらあるが全体的には満開の収穫前というところなので、新ソバではなさそう。道路にはみ出している黒いソバの実を数粒頂いてかみしめてみるがソバの香りはない。私の味覚に問題があるかも。東武日光線をくぐり進む。この先では左へ大きくヘアピンカーブ状態になって相当に遠回りになりそうなので右方向に近道をしたいところだ。山ップは相変わらず「ルートを外れました」とか接続できなったりと、相変わらずの調子っぱずれだが、突然右に曲がれと言い出した。右折して車1台分くらいの道にはいり、東武日光線をくぐり直して山あいの集落に入る。歩みを進めるとひょっこり県道149号線に出て、さらに川を境に日光市に入って県道70号線に突き当たる。これを左折して今市を目標に進む。点々と人家も集落もある。今までは輪袈裟は札所に着いてお参りの時に着けていたが、どこのだれか知らない男が山あいの道を一人で歩いている様子は地元の人にとってはいぶかしいものだろうと、泥棒の下見に来ているわけではないことを示すために輪袈裟を付けて歩くこととする。70号線をさらに進むと人家もなくなり山が深くなってきて、ゆるい登り坂の傾斜がわずかづつ強くなってくるがいつのまにか歩みのテンポが速くなっていて調子がいい。舗装道路なので登山道のような登りではないが峠に向かって進む。もうじき峠かと思いながら上を見ると木間越しに鉄筋の建物が隠れるように見えた。何の建物だろうか?こんな山の中に突然現れて、何かの宗教団体の霊感道場とか?何かわからないがなんとなく遠ざかりたく足を進め、右下の山あいのわずかな田んぼで稲刈りをしている人々と軽自動車3台を見ながら登る。人家は見当たらないので下の集落から車で上がってきているのだろう。

登り切った突き当りを今市方向に右折してさらに登る。右側に先ほどの建物が同じ高さで見える。峠を越えて下っていくと間もなく高齢者施設があり、日光宇都宮道路をくぐり、今市市街は近そうだが市街には入らずに西方向の向かう。右側の遠くに、たぶん東武日光線(実はJR日光線だった)の架線らしきものが見える。さらに進んで線路が近づいてきたところを渡り日光街道(国道119号)に入る。その先はJR日光線(実は東武日光線だった)で、東武日光線とJR日光線の間を、旧日光街道がそのまま国道119号となって、杉並木が保存されている。大人5-6人でも抱えきれないような大木もあり、四百年も立ち続けているが老木というより生命力が木の皮にも感じられる。思わず触ってしまった。抱きしめるには太すぎる。杉にも、道々のコスモスにも野の花にも励まされて東武日光駅着1630

この駅は、日光の山へ来ると下山後に駅前のお店で湯葉をつまみながらお酒を頂くのが恒例だった。一人ご褒美に今日もそうしようか?最近お酒が飲めなくなっており、体調が悪くなってもいけないのでお店で飲むのはやめて、お酒とつまみを買って特急に乗ってゆっくり座って飲むことにする。

昔は、山を下りてくると、日光の駅前で飲んで、浅草に着いて飲んで、神谷バーにもモツ煮屋にも行ったなぁ・・・

所用時間6時間45分。ヤフー地図で32.12キロ(累計434.12キロ)6時間41分(累計92時間09分)。

 

20201112

次の、東武日光から中禅寺立木観音はいつ行こうか?紅葉真っ只中にも行きたかったが、いろは坂は車列の大渋滞が予想されるので、その横をおっさんがトボトボ登るのも気が引ける。紅葉シーズンが終わってからのほうが心置きなく歩けそうだが、凍ったコンクリート道路の上り下りはアイゼンの着脱を考えるとうっとおしい。いろは坂は昔から猿が道路でうろうろしているし、今年は町中で熊の出没が当たり前のようで、中禅寺周辺でも熊情報が出ている。熊が冬眠に入ってからのほうが良さそうだが、凍った坂は面倒だし・・・。早く、立木観音で、(タツキ)の入試祈願のお守りを買ってきたいし・・・。

 

 

坂東札所20回目20201201(一泊往路)

 

東武日光駅0915-1125馬返し(第一いろは坂と第二いろは坂

の分岐)、昼食後1205出発、下り車専用の第一いろは坂を登るー

中の茶屋ー男体山遥拝所ー1340ルート最高地点ー大鳥居を経て

355中禅寺参詣ー1450大鳥居

 

 まだコロナ拡大中にもかかわらずGOTOキャンペーンが始まっている。やはりやたらに都外に出てはまずいのだろうと思うが、政府がGOTOキャンペーンをスタートさせたのは都外に出てもいいですよとのお墨付きになる、解釈できてしまう。身勝手な言い訳であることを自覚しながら、カミさんが中禅寺金谷ホテルを予約したので、後ろめたさを感じながら回は車で日光へ向かう。いよいよ懸案のいろは坂の登下降だ。

車を前回最終地の東武日光駅で降ろしてもらって歩き始める。東京から電車で来

ると3時間かかるので出発がどうしても遅くなるが、今日は車で二時間で着いた

ので9時過ぎに出発できる。日光の街のゆるい上り坂を歩く。明日下ってくると

このあたりで昼食の時間になるので、日光名物の湯葉と中禅寺湖名物のマスが食

べられそうな店を探しながら歩く。古いつくだ煮やさんの山椒がうまそうなので

お土産に良さそう。突き当たって神橋を左折し、二荒山、東照宮、石造りの重厚

なキリスト教会、金谷ホテル創建時の木造二階建て記念館、田母沢御用邸前など

を通り過ぎる。ゆるい登坂を歩いてゆく。やがて、街の家並みが途切れてくるが

相変わらずゆるい登坂を歩く。裏見の滝の看板を見送り、清滝を過ぎ、大谷川に

沿って進むと、足尾方面の分岐を過ぎて馬返し。立派なトイレがある。下り車専

用の第一いろは坂と登り車専用の第二いろは坂の分岐で、ここからいよいよいろ

は坂を上る。カーブなどで突然車と出っくわすとこわいが、車と対面で歩くのが

安全か、車の運転者の立場では対面で突然人間に出っくわすと驚かせてしまって

かえって危ないか、どっちだろうか?対面のほうが早いタイミングで車を確認で

きるので歩く自分としてはそのほうが安全そうだ。り車専用の第一を登ること

にする。

いろは坂は昔から猿が多く、あたり前にうろついているので熊除けのカウベルと

車対策のヘッドランプを付けて出発。それほどのこともなく中の茶屋。この第一

が昔からの参詣道らしく、次に遥拝所が出てきた。昔は女子禁制で女性はここまで。男体山が望まれる。カーブを横切る登山道を探しながら歩くがまったくない。見上げると、白いガードレールがつづら折りに空に向かって続いている。すれ違う車に気を付けながら高度を稼ぐ。息絶え絶えに登る自分を覚悟してきたが、思いのほか順調に最高地点らしい標高1286mの標識に着く。華厳の滝入り口と中禅寺湖BTを過ぎて立木観音へ左折し、1355あっけなく立木観音到着。

山門前で入山料を払った。お寺の境内に入る入山料はたしか鎌倉の4番長谷観音で払った以来かもしれない。観音経を上げると、突然どうぞご案内いたします、と

声がかかり、あわててその声に従ってお堂に入る。立木観音はなかなか立派な仏

像で、一本の大木を刀で彫刻して作ったとか、重要文化財になっているとのこと。その後お札などの説明に入り、これは毎年買い換える必要のないもので2,000円になりますとのことで、ははあ、そう来たか(^^)。もともと孫の「タツキ」に

木観音の入試のお守りを買う予定でいたので、千円の学業お守りを買った。順

はあちらですと言われて、矢印に従って進むと、次のお堂で、別の若いバイト

のようなお兄さんが説明を始めようとしたので、丁重にお断りした。やはり先

どとは違う様々のお札類が並んでいた。外に出て御朱印を頂き、昼食の残りを

べて、カミさんに連絡するとホテルは遠いから迎えに行くというので、門前

歩きながら大鳥居に向かう。個人的な予定では、夕方遅くにくたくたになっ

っとこさでたどり着くと思っていたので、着いたら早々に門前の民宿に入って、久々にお酒でも飲んで、ヒメマスの夕食を頂きたかった。事前の調べではどの民

宿もけっこう食事が良いらしく、ヒメマスの刺身や塩焼きが楽しみだったのだが、ホテル宿泊となってしまった。

時間が早いので、湖畔に並ぶ大使館の見学をしたいなと思ったが、どこも休業だ

った(一般公開はしていないのかな?)。大鳥居手前でカミさんの車に拾っても

らう。

 

所用時間5時間35分(昼食、参詣時間含む)。ヤフー地図で17.5キロ(累計451.62キロ)3時間39分(登り時間は考量されていないと思われる)(累計95時間48分)。

 

 

坂東札所20回目20201202(一泊復路)

 

大鳥居0900-第二いろは坂経由ー1045馬返しー1300東武日光

 

昨日18番立木観音にお参りし、次は19番大谷観音だが、今日は、東武日光駅

に戻って、次の大谷観音までの道のりを考えると下今市まで行っておきたいとこ

ろだ。なるべく早く出たかったが、金谷ホテルから中禅寺大鳥居までのバスの時

間が合わない。カミさんに、きのうの拾ってもらった最終地点まで送ってもらって、歩き巡礼の続きを出発する。車両進入禁止方面に向かって右折する。第二い

ろは坂の逆走入り口で身支度をする。昨日の登りでは猿には出合わなかったが、

一応熊除けのカウベルと車対策のヘッドランプを付けて出発。ゴオーッという音

が聞こえ始める。トンネルだ。車の運転をしている時にはまったく気が付かずに

いたが、歩行者にとってはトンネルの音は怖い。轟音とともに車がトンネルから

突然出てきて通りすぎた。トンネルに入ると、後ろからまたゴオーッと音が聞こ

えてきて、振り返るがもちろん逆走車が向かって来るはずもなく、前方から車の

ライトが見え始める。あらゆる天変地異が襲ってきたような轟音が、通り過ぎる

までトンネル中に響き渡る。前回の札所出流観音で、このトンネル現象を体験した。トンネルは熊より怖い。早々とトンネルを出ると明智平。歩みを進めると下

り勾配が若干強くなる。それにしてはペースが遅いか?早歩きすれば東武日光に

は1230には着けそうで、もう少し早歩きにするか頭をかすめるが、13時に

着けば、昼食を取っても下今市に15時までには着けそうなので、このペースで

下って行く。さらに下って行くと勾配が緩くなってきた。第二のほうが第一より

距離が多少長いようで、標高差は同じであるから、こちらのほうが勾配がゆるく

長い。勾配が緩くなってきてカーブの内側の雑木林も歩けそうなので何回かカー

ブを横切るが、落ち葉に埋まった溝に踏み込んだりしてねん挫をしてはいけない

ので慎重に歩く。1045馬返し。トイレに寄って、猿除け熊除けのカウベルと

車対策のヘッドランプをしまって歩みを進めるが道路横の側溝に鹿の遺体あり。

あばら骨もむき出しになっている。角を頂こうかと思ったが、手で折れるわけで

はないよね?鹿の仏さまを冒涜してはいけないので手を合わせて進む。足尾分岐

を過ぎ、昨日通って見覚えのある風景や名所旧跡も横眼で眺めながら舗装道路を

進む。二荒山神社を通り過ぎて、こちら側から見ると、神橋の上の日光金谷ホテ

ルの建物がなかなか趣のある建物で、一度泊まってみたいところだが、相当お高

そう。神橋を右折して日光商店街に入る。突然おなかの調子がおかしくなって、

観光協会の建物のトイレに駆け込んだりしながら1300東武日光着。カミさん

はすでに着いていて、通り過ぎた観光協会近くのガストにいるという。楽しみだ

った日光名物の湯葉とマスの食事プランは水泡に帰した。ガストメニューで昼食

を取り、意欲も失い今日はこれまで。

次回は、東武日光から19番大谷観音まで行きたいが・・・?

 

所用時間4時間00分。ヤフー地図で19.7キロ(累計471.32キロ)4時間01分(下り時間)(累計99時間49分)

 

坂東札所21回目20201220

 

0925東武日光―1100小倉町例幣使街道分岐(東武下今市駅JR今市駅分岐)バイパス121号線板橋1230(昼食)1255―文挟県道70号に入って琴平神社ー古賀志山山麓1530日枝神社田野町田野東―1640大谷観音前バス停

よく眠れずに3時半に目が覚めてまだ寝ようと思ったが結局4時半ころ起きだして急遽行くことにする。

東武日光線から右に遠く筑波山が青く見える。新鹿沼を過ぎると右に古賀志山が見えてくる。登りたくなる山容だ。下今市の車庫内にSLが止まっていて思わず覗き込んだが、駅に着くと隣の線路にカーキ色の昔の客車が何両か連結されて先頭に「Cなんとか」が蒸気をはいていた。"大樹号"の看板が無ければもっとなつかしい。そして前方には女峰山が雪をかぶっている。町中にも少し雪がある。

 

0925前回最終の東武日光駅から旧日光街道杉並木に入る。大人何人かでも抱えきれない巨木の並木道で、車が入らない旧道が続く。二車線ゆったり取れる道巾の立派な道を、江戸時代によく作ったものだ。東照宮の徳川の威光か?ただ、立派な並木だけに日か当たらないので寒く、所どころ雪も残っていて、これからの時季は軽アイゼンが必需品か。夏はこの木陰が涼効果を発揮するだろう。今市の町に入って一度日光街道の並木は切れるが、例幣使街道に入ると舗装の自動車道だがまた杉並木が延々と続く。杉並木の旧道だが国道標識の「121」と「352」が上下に並んでいて、車もほとんど通らない鬱蒼とした旧道の趣としては不釣り合いな気がする。やがて、杉並木は終わって板橋でバイパスの「121」と合流する。しばらく町歩きとなるが、町外れから再び例幣使街道の杉並木となる。このあたりは杉並木の根っこが道路の両側に一段高く土手のようになっていて歩道部分がほとんどなく、車の往来も激しいため、いろは坂の時のようにヘッドランプと100円ショップのLEDを後ろに着けて、車の通りを避けながら道路の右端を歩く。前方から大きなトラックが来たが人間一人とすれ違うこともできずにトラックが止まる。私は土手の凹みをさがして隠れるように体を寄せてトラックをやり過ごす。左の雑木林には線路が並行しているらしい。車に気を取られるあまり地図の確認もせずに文挟駅を過ぎる。「文挟」という交差点で左折する予定でいたが交差点が出てこない。あらためて地図を確認したら文挟駅の手前で左折する必要があったが、大分過ぎているので、左の雑木林を突き抜けられないか獣道を探すが、線路の向こうは川らしい。あきらめて線路の前後を見渡して踏み切りを探すが遠くの遥か前を車が渡った。踏み切りらしく、多分橋もありそうと決めつけて道路に戻ってさっきの踏み切りを目指す。踏み切りと川を渡り紆余曲折して大谷観音に向かう県道70号にでる。琴平神社を過ぎて日当たりのよい道で暖かくて気持ちいい。古賀志山の麓の道で山並みを眺めながら一本道を進む。このあたりにはパラグライダーの施設があり、風と山の傾斜が合っているのだろう。三時半に軽食を取って歩き出すがこの時間になると日が低くなって日陰が多くなり寒くなってきた。作新学院グラウンドを過ぎて田野町、左に城山中央小学校を過ぎて少し先の細い道を左折。道なりにいくと日も沈んだ黄昏時に、眼前の夕暮れの山肌に観音様が刻まれてそびえている。この時間では大谷観音は閉門しているだろう。観音前のバス停で宇都宮駅行きバスを確認、1648分のバスに乗る。次回はこのバス停からスタートとなる。

 

所用時間7時間15分。ヤフー地図で30.62キロ(累計501.94キロ)6時間22分(累計106時間11分)

 

20210107

再び緊急事態宣言発出。

9、10、11日は連休となるが大谷観音はどうしたものか?

 この夏の江戸三十三か所はクソ暑くて参ったが、足はまあまあ調子良く歩けた。最近歩くのが調子良くなってきた。いろは坂の上り下りも気分よく歩けた。19番の大谷の次は21番の茨城県大子町の日輪寺へ向かう予定でいるが、距離的に三日ほどかかりそうなので、どう歩きつなぐか考えていたところで、現在の足の調子で歩みを進めたいが・・・、ひとまず休止か?